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IP3受容体は生命の根幹を制御している

『理研ニュース』2014年 7月号より


(図:IP3受容体のアミノ酸配列のドメイン構造とサプレッサードメインの機能)

■ IP3受容体の発見

 IP3受容体──それが、御子柴TLが長年追い続けている研究ターゲットである。IP3受容体について御子柴TLは、「予想もつかない、ものすごい働きをするもの」と形容する。

 御子柴TLは1970年代後半から、小脳の神経細胞の一種、プルキンエ細胞に異常がある変異マウスを用いて生化学的な解析を行っていた。神経細胞同士はシナプスと呼ばれる構造を介してネットワークをつくっているが、変異マウスではプルキンエ細胞のシナプスがなく、行動にも異常が見られる。さらに、P400と呼ばれるタンパク質が少ないことが分かった。P400は、プルキンエ細胞が欠損している変異マウスでも激減していた。当時、P400の働きはまだ分かっていなかったが、御子柴TLは、プルキンエ細胞の生存にもまたその機能にも重要なタンパク質に違いないと確信し、詳しく調べていった。「なんとP400は、IP3という細胞内情報伝達分子の受容体でした。IP3受容体は当時多くの研究者が探していたもので、私たちの発見によってカルシウムイオン(Ca2+)による生命現象の制御の理解が大きく進みました」

 生物の体内にあるCaというと、まず骨が思い浮かぶだろう。骨はCaが沈着したものだ。Caはイオン化した状態でも存在しており、情報伝達物質として使われている。金属イオンであるCa2+は、大量にあると生物にとって有害だ。そこで、通常は細胞内のCa2+濃度をとても低く保ち、必要なときだけ濃度を上昇させることで、筋肉の収縮や神経の興奮などさまざまな反応を引き起こしている。

 かつてCa2+は、細胞外から細胞内に流れ込んでいろいろな働きをすると考えられていた。しかし、細胞外からのCa2+の流入を止めても細胞内のCa2+濃度が上がる。一方、細胞内にCa2+の貯蔵庫があることも知られていた。また、細胞が外部から刺激を受けると、細胞膜中のイノシトールリン脂質が加水分解され細胞内にIP3がつくられ、それが貯蔵庫からのCa2+放出に関わっていることも報告されてきた。そのような状況で、Ca2+が細胞内のどこに貯蔵されていて、どのようにIP3によって放出されるのかは、まったく分かっていなかった。

 そうした中、御子柴TLは、P400はIP3が結合する受容体であること、P400にIP3が結合すると細胞質のCa2+濃度が上がること、さらにはIP3受容体が小胞体の膜に局在していることを次々と示し、それまでの謎を解き明かしていったのだ(図1)。しかも、IP3受容体はCa2+チャネルでもあった。チャネルとは細胞の膜を貫通しているタンパク質で、孔が開閉してイオンなどが通過する。IP3受容体は、チャネルが働いてCa2+が放出される際に形が変わると考えられている。


図1-IP3受容体によるCa2+放出

 さらに、細胞の外から入ってきたCa2+と、小胞体からIP3受容体を通って細胞質に放出されたCa2+は、同じCa2+でありながら働きが違うことが分かってきた。特に大きな違いが、Ca2+振動である。IP3受容体にIP3が結合すると小胞体からCa2+が放出され、細胞質のCa2+濃度は急激に上昇し、その後、緩やかに元の濃度に戻る。そうしたCa2+濃度の変化が繰り返し起きる。それがCa2+振動だ。例えば、卵子に精子が侵入すると、その侵入点からCa2+振動が起きる。御子柴TLは、IP3受容体と結合してその機能を阻害する抗体をつくり、受精卵に入れてみた。すると、Ca2+振動が止まり、卵割も始まらなかった。Ca2+振動は受精を制御しているのだ。「Ca2+振動は、発生の初期の段階で背と腹の決定も制御していることが分かってきました。背側には神経が形成されるので、背腹軸の決定は重要です。しかし、それらはIP3受容体の働きのほんの一部にすぎなかったのです」


■ IP3受容体には3種類ある


 マウスなど脊椎動物ではIP3受容体が3種類あることが分かった。遺伝子がどの細胞で特異的に発現するかを決めている遺伝子領域の塩基配列や、DNAがRNAに転写されるときに除去されるスプライシング領域、タンパク質の働きに深く関わるリン酸化の部位や糖が付加される部位も、種類ごとに異なっている。IP3との結合のしやすさも異なる。この結合親和性はIP3受容体のサプレッサードメインと呼ばれる領域が調節している

 「IP3受容体の1型、2型、3型はそれぞれ違う機能を持っているに違いないと考えて、研究を進めました。ある分子の機能を調べようとしたとき、“異常から正常を見る”という手法が有用です」と御子柴TL。ある型のIP3受容体を欠損させたり、過剰に発現させたりしたマウスをつくる。その変異マウスを正常なマウスと比較することで、その型のIP3受
容体の働きが見えてくるのだ。

 変異マウスや機能を阻害する抗体を用いた実験などにより、受精や背腹軸の決定を制御しているのは1型であることが明らかになった。また1型は神経細胞で多く発現し、記憶学習に関わるシナプスの可塑性や、神経細胞の軸索の正しい伸展にも関わっている。

 2型と3型の両方の遺伝子を欠損させると、目や口の乾燥が見られた。2型と3型は分泌に関わっているらしい。「2型と3型を欠損しているマウスの症状は自己免疫疾患のシェーグレン症候群に似ていることから、病態の理解や治療薬の開発につながる可能性もあります。2型は、心臓の機能にも関わっていました。それは、大きな驚きでした」

 Ca2+は心臓の収縮を制御している。そのとき最も重要な働きをしているのはリアノジン受容体であるというのが、常識となっていた。リアノジン受容体は、小胞体の膜にあるCa2+チャネルであり、心臓ではIP3受容体よりはるかに多く発現しているからだ。ところが、IP3受容体2型を過剰に発現すると、心臓の収縮に異常が起きて心肥大となったのだ。

 さらに、1型と3型の両方を欠損させると、心臓の発生が止まってしまった。「心臓の発生は、まさに生命の根幹です。それを制御しているのは、IP3受容体だったのです」

 1型と2型の両方を欠損させると、やはり心臓の発生が止まるが、異常が出る箇所は1型と3型を欠損させた場合とは異なる。この結果は、3種類のIP3受容体は異なる場所で異なる働きをしていることを示している。種類ごとのすみ分けが、IP3受容体の多様な機能を実現する一つの鍵となっているらしい(図2下)。


図2-IP3受容体の機能


■ IP3受容体はシグナル拠点

 「しかし、IP3受容体の機能は実に多様で、3種類あるというだけでは説明し切れないほどです」と御子柴TL。そこで、IP3受容体の塩基配列や立体構造をより詳しく調べていった結果、IP3受容体のチャネル部位は、ほかのチャネルと何も違いがないことが分かった。一方で、IP3受容体には、さまざまな分子が結合していることが明らかになった。

 「IP3受容体にIP3が結合すると、小胞体からCa2+が放出されます。それが細胞内に広がっていって、細胞内に点在しているさまざまな分子と結合することで多様な機能を引き起こすと、これまで考えられていました(図2上)。しかしそうではありませんでした」と御子柴TL。「IP3受容体は、結合するさまざまな分子を集合させておくプラットフォームであり、Ca2+を介した情報伝達網の中心“シグナル拠点”になっているのです。IP3受容体は約2,700個のアミノ酸から成る巨大なタンパク質で、なぜそれほど大きいのか不思議でしたが、いろいろな分子が結合する場を提供するためだと考えると、合点がいきます」

 IP3受容体に結合する分子は、IP3受容体の種類ごとに違う。また、細胞の種類などによっても変わる。これまでに分かっている分子だけでも20種類を超え、ハンチントン病の原因タンパク質であるハンチンチン、アルツハイマー病に関わるプレセニリン、小脳失調に関わるアタキシン、統合失調症に関わるDISC1も含まれている(図3)。だからこそ、IP3受容体は非常に多様な機能を発揮することができ、その異常は病気に直結する。「IP3受容体にはタンパク質の品質管理に関わるシャペロンも結合し、タンパク質合成も制御していました。小胞体はタンパク質を合成する場ですが、IP3受容体がタンパク質合成まで制御しているというのは驚きでした」


図3-IP3受容体によるプラットフォーム提供


■ IP3受容体が放出するIRBITを発見

 IP3受容体をめぐって、もう一つ大きな発見があった。御子柴TLらは、IP3結合によりIP3受容体からCa2+以外に放出される分子を発見したのだ。その分子をIRBIT(IP3 Receptor Binding Protein Released with Inositol Trisphosphate:IP3受容体からIP3により放出される分子、IP3擬態)と名付けた。そしてIP3受容体には通常、IRBITが結合していることが分かった。しかし、それではIP3が結合できない。実は、IP3はIRBITよりIP3受容体に対する親和性が高く、結合しやすい。そのため、IP3の濃度が高くなると、IP3受容体のIP3結合部位からIRBITが放出されてIP3が結合するのだ。

 「IRBITはIP3受容体の働き、つまりCa2+の放出を抑制しているのです。しかし、IRBITにはもっと重要な機能があるのではないか? という思いが頭から離れませんでした」

 調べてみると、IP3受容体から外れたIRBITは、ナトリウムイオン(Na+)重炭酸イオン(HCO3-)共輸送体1を活性化することが分かった。それはpH(水素イオン指数)を調節する分子だ。「pHの調節は分泌などさまざまな生命現象に重要で、その分子の異常は白内障、緑内障、発達障害や知能低下を引き起こします。IP3受容体には、Ca2+を放出するだけでなく、pHを調節するIRBITの放出という重要な役割があったのです」(図2下)

 現在、IRBIT欠損マウスをつくり、どのような異常が起きるかを調べている。すでにpHの調節障害が確認されたほか、高次脳機能や脳疾患にも関わっていることを示す結果が出つつあるという。

 さらにIRBITはグルタミン酸受容体の働きを調整する重要な分子とも結合することが分かった。「NMDA受容体やAMPA受容体などのグルタミン酸受容体は、記憶学習に関わるシナプス可塑性をはじめとして神経細胞の情報伝達の主役です。IP3受容体の欠損マウスはシナプスの可塑性に異常があり、IP3受容体は記憶学習に関わっていることが分かっていました。これまでグルタミン酸受容体とIP3受容体の関わりは不明でしたが、IRBITが重要な働きをして神経細胞の情報伝達を制御しているらしいことが分かってきました。IP3受容体とIRBITは今、国際的に大きな注目を集めていて、すさまじい競争になっています」


■ 脳障害を起こす熱帯病の創薬研究へ

 「ある分子について調べたくても複雑な系ではよく分からないことがありますが、下等生物を解析することにより、その本質を解明できます」と語る御子柴TLは、IP3受容体の本質を明らかにするために、ある原虫に目を付けた。「地球温暖化によって近い将来、日本で熱帯性の感染症が多く発症するようになることは確実です。熱帯病には脳障害を引き起こすものもあり、マラリアやシャーガス病の原因原虫は、脳研究においても大いに注目すべきものです」

 御子柴TLは、マラリアの原因であるマラリア原虫が自発的なCa2+振動を起こすことを発見。さらにIP3受容体の阻害剤(2-APB)を加えるとCa2+振動が起きなくなり、マラリア原虫が死に至ることを明らかにした。マラリア原虫の生存にIP3受容体は必須なのだ。

 また御子柴TLは、シャーガス病の原因であるクルーズトリパノソーマ原虫のIP3受容体を欠損させたり過剰に発現させたりすると、宿主細胞への侵入も増殖もできなくなることを明らかにした。この原虫ではIP3受容体が宿主細胞への侵入や生命維持に必須なのだ。さらにIP3受容体の塩基配列は、ヒトのIP3受容体と大きく違っていた。「アンチセンス核酸を使えばシャーガス病を治療できると直感しました」と御子柴TL。

 IP3受容体のアンチセンス核酸を投与したクルーズトリパノソーマ原虫をヒトの培養細胞に感染させたところ、原虫は細胞に侵入できなかった。アンチセンス核酸とは、標的とするタンパク質を合成するメッセンジャーRNAの塩基配列に対して相補的な塩基配列を持つ核酸で、そのメッセンジャーRNAに選択的に結合して標的タンパク質の合成を抑制する。そのアンチセンス核酸は塩基配列が大きく違うヒトのIP3受容体の合成を阻害することはない。IP3受容体は、創薬の標的にまでなっているのだ。

 「いろいろな実験から、IP3受容体は生命の根幹を制御していること、そしてIP3受容体の異常により脳神経系をはじめとして多くの病気が起きることが分かってきました。しかし、IP3受容体の全貌解明にはまだ至っていません。これからも、IP3受容体を追い続けます」

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