使用上の注意

「PaO2」は酸素の量でも濃度でもない

1.はじめに−「PaO2」とは?

 まず最初に、「PaO2」とは何の略かを勉強しましょう。「P」はpressure、すなわち圧を意味します。 「a」はartery、動脈のことです。「O2」は言うまでもなく酸素のことです。 日本語に訳すと、「動脈血酸素分圧」といいます。 つまり、「PaO2」は動脈血の中の酸素の圧なわけです。
 いったい圧って何でしょう。 これを知らないと、「PaO2」が酸素の量や濃度であると錯覚してしまうのです。 液体である動脈血の中の気体(酸素)の圧、これを理解するためには、 皆さんに高校で習った化学や物理を思い出してもらわねばなりません。

2.高校時代に戻る

(1)ボイルの法則で気体の「圧」を実感する

密封した注射器のピストンを押しているところです。  簡単な方法で気体が圧力を持っていることを実感しましょう。
まず、注射器に10ccの空気を入れて、空気が外に漏れないようにしっかりキャップをしましょう。 実はこの時すでに注射器内の空気は圧を持っていて、その圧力で注射器の内筒を外に押し出そうとしています。 ところが、注射器の外の空気も同じ圧力で内筒を押し込もうとしており、ちょうど圧力がつり合っているので内筒は動きません。 今度は、この状態で内筒を5ccまで押し進めてみます。 すると、指には結構な力がかかり、離せばすぐに元の10ccに戻ってしまいます。 これは、注射器内の空気の体積が減ったために密度が高くなり、その圧力が高くなったためです。 気体の体積が1/2になったとき、その圧力は2倍になります。 すなわち、気体の体積は圧力に反比例する。 これが有名なボイル(Boyle)の法則です。 思い出しましたか。ただし、ボイルの法則は、温度が一定ならば、という条件付きです。

(2)ボクらは大気圧の中で生活している

 注射器の空気を圧縮することで、気体の圧力を実感しました。 ボクたちは空気の中で生活しており、当然この空気も圧力を持っています。 通常の空気の圧力の強さを便宜上「1気圧」とします。 普段ボクたちがこの「1気圧」を意識しないのは、普段はどこもかしこも「1気圧」であり、体の中も「1気圧」なので、 ちょうど圧がつり合っているからです。しかし、急激に気圧が変化すると、これを感じることがあります。 たとえば、飛行機の離着陸の時とか、 電車がトンネルに入った時に耳が痛くなったり塞がった感じになったりするのがそうです。

(3)高い山に登ると空気は薄い

海抜による空気密度の違い  空気は地球上に均一に分布しているわけではありません。 重力の影響で、海抜の低いところほどその密度は高く、また高いところほど密度は低く分布しています。 皆さんはすでに注射器を使って、空気を圧縮してその密度を高くしてやると気圧が高くなることを実感しました。 高い山の上では、空気の密度が低いので、その気圧も低いことはもう理解できるでしょう。
 さて、今ボクは「空気が濃い」というような表現をわざと避けて、「空気の密度が高い」と表現しました。 どうしてかというと、「密度」と「濃度」を混同しないでほしいからです。 よく「高い山の上では酸素が薄い」といいますが、これではまるで酸素濃度が低いかのような印象を受けます。 実はエベレストの頂上でも酸素濃度は相変わらず約21%です。 高い山の上では空気の密度が低いので、当然「酸素の密度」も低い、でも「酸素の濃度」に変化はないのです。 気体における「濃度」とは、混合ガスに対するある成分の割合を意味します。 空気はその混合ガスですから、「空気の濃度」という言葉はありません。

(4)大気圧の測定−トリチェリの実験

トリチェリの水銀柱の実験です。  さて、大気圧は「1気圧」といいましたが、ボクたちはその大気圧を意識することができません。 いったいどれぐらいの圧なのか、何か目に見える方法で測定したいものです。
 世界で初めて大気圧を測定したのはガリレオ・ガリレイの弟子であったトリチェリ(Torrichlli)という人ですが、 それは何と今から350年以上も前の1644年のことです。彼は長い試験管を水銀で満たし、それを立ててみました。 しかし、水銀は全部落ちてはしまわずに、試験管の中にとどまっていました。 これは、大気が圧を持っていて、その圧力で水銀を押し上げているに違いありません。 そして、この時にできた水銀柱の高さは約760mmでした。それで、「1気圧は760ミリ・メートル水銀柱」と表すことにしたのです。 これからは、「760mmHg」というふうに書きますが、「Hg」とは水銀のことなのです。

(5)760 mmHg = 760 Torr

 圧を表す単位としてこの「mmHg」は非常にポピュラーですが、最近トリチェリの名前にちなんで「Torr」と表記しようということになりました。 厳密にはある条件下では全く同じとは言えないのですが、一部の教科書ではすでに「mmHg」の代わりに「Torr」を使っています。
 余談になりますが、 「mmHg」が血圧の単位としても使われるようになったのは、 1828年に当時医学生だったポアズイユ(Poiseuille)が水銀柱を利用して血圧を測って以来のことです。 ポアズイユはその後、血行力学というものを確立して大先生になります。 彼が有名な「ポアズイユの法則」の実験をしたのが1840年、これを著書に記述したのが1846年でした。
 ところで普通圧力は「強い、弱い」と表現しますが、大気圧も血圧も元々はこのように水銀柱の高さで測っていたので、 「高い、低い」と表現するようになったのでしょう。

(6)大気圧は場所によってどれぐらい違うのか?

 厳密には、1気圧 = 760mmHgというのは、海面(海抜0m)での話です。 大気圧はその場所の海抜が高いほど低くなることはすでに述べました。 たぶんトリチェリが行った実験をエベレストの頂上で行うと、水銀柱は250mmぐらいにしかならないはずです。
 日本で最も気圧が低いのは富士山の頂上で、その気圧は約480mmHgです。 しかし、日本ではほとんどの人が海抜300m以下の場所にすんでいます。 海抜300mでの大気圧は733mmHgですから、日本に住んでる限り、1気圧 = 760mmHgと考えて差し支えないでしょう。

(7)分圧とは何か?−ダルトンの法則

ダルトンの法則の説明図です。  さて、気体の圧力についてだんだんその概念が分かってきました。 今度は、「分圧」について勉強しましょう。分圧という概念は、ダルトン(Dalton)の法則から生まれたものです。 どういう法則かというと、「混合気体の圧は、各構成気体がそれと同じ体積を単独で占めた時の圧の和に等しい」というものです。 この法則を空気に当てはめて考えていきましょう。
 図に、ある一定の容器に密閉した空気を用意しました。 空気とは、酸素約21%、窒素約79%の混合気体ですから、とりあえず、4つの酸素分子と16個の窒素分子、合計20個の分子を書いてみました。 これを同じ容積の容器に、一方は酸素だけ、もう一方は窒素だけに分けてみました。酸素だけの方は同じ容積に4つしか分子がありません。 元の空気は20個の分子を持ってましたから、それに比べて密度は1/5になりました。したがって、気圧も1/5に下がっているはずです。 このことから、「各構成気体がそれと同じ体積を単独で占めた時の圧」とは、 元の混合気体の気圧にその構成気体の濃度をかけたものであることが分かるでしょう。実はこれを「分圧」というのです。
 したがって、空気の圧を760mmHgとすれば、酸素分圧は、760 x 0.21 = 160mmHgとなります。 同様に、窒素分圧は、760 x 0.79 = 600mmHgです。

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