7.優秀な最近の血液ガス分析機器

(1)全部計算してくれる

 ちょっと前までは、ガスの器械といえばpH、PO2 、PCO2 を実測するだけで、酸素飽和度も酸素解離曲線を元にした計算値でした。しかし、現在の血液ガス分析機器は正確な酸素飽和度を 実測してくれるものがほとんどです。その上、せっかく酸素含有量を計算できるようになったところを申し訳ないのですが、 これも毎回自動的に計算してくれてたのです。見てましたか?
 次に、実際にある手術中の患者さんの動脈血を測定した結果を示します(ラジオメータ社のABL505 + OSM3で測定したものです)。
血液ガス分析結果です

 この患者さんはちょっと貧血で、ヘモグロビン(Hb)は8.4g/dlです。 正確な酸素飽和度の実測値は「O2Hb」で、これは96.5%となってます。 PaO2は219.1mmHgです。これらで酸素含有量を計算すると、
Hb結合酸素1.39 x 8.4 x 0.965 = 11.27ml
溶存酸素0.003 x 219.1 = 0.66ml
酸素含有量11.27 + 0.66 = 11.93ml

 ボクたちの計算結果では、血液100mlあたりの酸素含有量は約11.9mlということになりました。 これは、先の血液ガス分析機器の計算結果である酸素含有量(tO2c)11.9 Vol%とぴったり一致しています (Vol%は血液100mlあたりのmlという意味です)。
 酸素飽和度を測定する場合、一昔前までは、酸素結合能のない一酸化炭素ヘモグロビン(COHb)やメトヘモグロビン(MetHb)と、 真の酸素化ヘモグロビンを区別できませんでした。したがって、そのような精度の低い器械でこの患者さんの酸素飽和度を測定したら、 96.5%にCOHb2.0%とMetHb1.4%を加えた99.9%と表示するはずです。ABL505では、ご丁寧にもこの不正確な酸素飽和度を 「sO2」として表示してくれます。
 経皮的酸素飽和度モニター(パルス・オキシメーター)で酸素飽和度を測定する場合も、その値にはCOHbやMetHbが含まれている可能性があります。 実際、この患者さんのSpO2は手術中は99〜100%を示していました。
 ところで、動脈血の酸素飽和度はSaO2と表すと前にお話しましたが、パルスオキシメーターで測定した場合は SpO2と書きます。この「p」は、ボクはずっと「perctaneous(経皮的)」の頭文字だと思ってたのですが、 これは「pulse oximeter(パルス・オキシメーター)」の頭文字であるというのが正解です。

8.なぜPaO2の正常値は100か

(1)なぜPaO2 = 100なんだろう

 PaO2の正常値は?と聞くと、100だと答える人がほとんどだと思います。 ところでボクたちが吸っている空気の酸素分圧はいくらだったでしょうか。思い出してください。大気圧は760mmHgで、酸素濃度は21%だから、
760mmHg x 0.21 = 160mmHg

 ということで、酸素分圧160mmHgの空気を吸ってるはずなのに、動脈血では100mmHgに下がってしまうのです。 これはどうしてかを考えていきましょう。

(2)肺の中は湿っている

 ボクたちが吸った空気は、鼻粘膜や咽頭、気管支などで十分に加湿されてから肺胞に到達します。 人工呼吸器の吸入気も加湿してから患者さんに送っているのです。言い換えると、吸入気には酸素分子、窒素分子の他に、 水の分子が気体として存在していることになります。 したがって、酸素分圧を求めるのに単純に760mmHgに21%をかけるわけにはいかなくなります。
吸入気の酸素分圧
 空気中で水の分子がめいっぱい気体化したとき、その分圧(水蒸気圧)は47mmHgになります(飽和水蒸気圧)。 したがって、水蒸気で飽和した空気の酸素分圧は、
( 760 - 47 ) x 0.21 = 150mmHg

ということになります。
 さて、この式は、あとでも応用できるように一般化しておきましょう。大気圧をPB、酸素濃度をFIO2とすると、 吸入気酸素分圧PIO2は、
PIO2 = ( PB − 47 ) x FIO2

(3)肺胞では酸素が去り、炭酸ガスが来る

肺胞の酸素分圧  というわけで、酸素分圧150mmHgの吸入気が肺胞にやってくるわけです。 ところが、肺胞では流れてくる血液によって常に酸素が持ち去られています。 おまけに、組織で生じた炭酸ガス(CO2)がやってきます。 二酸化炭素がやってくればくるほど肺胞での酸素の居場所がなくなっていきます。 そういうわけで、肺胞気の酸素分圧を求めるためにはこのような「肺胞でのガス交換に影響される分」を引いてやらなければなりません。 「肺胞でのガス交換に影響される分」は、動脈血炭酸ガス分圧(PaCO2)を0.8で割ることで概算されます。 どうしてかを説明するのは非常に難しいので勘弁してもらうとして、丸暗記してください。
 そうすると、吸入気酸素分圧をPIO2として、 肺胞気酸素分圧PAO2は、
PAO2 = PIO2 − PaCO2 / 0.8

吸入気の酸素分圧は150mmHgでしたから、PaCO2が40mmHgとすると、肺胞気酸素分圧は、
PAO2 = 150 −ー 40 / 0.8 = 100mmHg

ということで、肺胞気酸素分圧は100mmHg、これが血液と平衡状態になって動脈血となるわけですから、 動脈血酸素分圧(PaO2)も100mmHgになるはずです。  ちなみに、0.8という数字は、「呼吸商」と呼ばれるものです。これは、ボクたちが産生する炭酸ガスの量と消費する酸素の量の比です。 もちろん個人差はありますが、通常ボクたちは、安静時には1分間に250mlの酸素を吸って、200mlの炭酸ガスを吐いてますから、 200ml / 250ml = 0.8となるわけです。もし激しい運動をすれば、酸素消費量は増えますが炭酸ガス排出も増えるので、 比率は変わりません。この比率にもっとも大きな影響を与える因子は栄養素の種類で、 炭水化物、蛋白質、脂肪をどういう割合で摂取しているかで決まってきます。

(4)実は空気呼吸ではPaO2 = 100にはならない

AaDO2  さて、空気呼吸下では肺胞の酸素分圧は100mmHgになりました。 もし、すべての肺胞が完璧な効率で血液を酸素化してくれればたしかにPaO2は100mmHgになるはずです。 しかし、現実はそう甘くありません。どんなに健康そうにくらしている人だって、うまく働いてない肺胞のひとつやふたつ持っていることでしょう。 ですから、PaO2は100mmHgになりえません。それに、もし完璧な肺胞ばかりの人がいたとしても、 気管支動静脈系や冠循環系の一部は肺を通らずに動脈血に合流しますから、せいぜい95mmHgぐらいのはずです。
 このような肺胞気と動脈血の酸素分圧の差を、肺胞気・動脈血酸素分圧格差(alveolar-arterial difference of oxygen)、 略してAaDO2といいます。すなわち、
AaDO2 = PAO2 − PaO2

 このAaDO2が増大する因子として、よく教科書ではシャント、換気血流比の不均等分布、 酸素拡散能障害の3つの因子に分けて説明しています。しかし、今回はこの3つの因子について詳しく説明はしません。 というのは、ボクはどうもこのように3つに分ける考え方がいまひとつ気にいらないのと、シャントという言葉の定義が混乱をきたしているからです。 ですから今回は、要するにAaDO2は肺胞が血液を酸素化する能力を反映すると考えてください。 肺炎や無気肺などで肺が悪くなれば、AaDO2が大きくなるということです。

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