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2004年10月 アーカイブ

2004年10月15日

ユビキチンによる精子の品質管理

本年度のノーベル化学賞はイスラエル工科大のアーロン・チェハノバ教授(57)、アブラム・ヘルシュコ教授(67)、米カリフォルニア大のアーウィン・ローズ博士(78)の3氏に授与すると発表した。

授賞理由は「ユビキチンが媒介するタンパク質分解の発見」。


まめ知識やQ&Aコーナーにも、ポツポツ書いている分野だ。分野と言うほど狭い領域じゃなくって、生命現象の根幹を成すシステムだから、いろんな分野にまたがって書く事になってしまっている。

何故、重要なシステムが今頃になって発見されたのか?
最先端のサイエンスはミクロな部分に目が行き過ぎている為、マクロな部分に盲目的になってしまったのだろう。『木を見て森を見ず』の状態だったのだろうね。


このユビキチン-プロテアソームシステムの機構は、簡単だ!


分解の必要のあるタンパク質は、ユビキチンという目印を付けられ、その目印をつけられたタンパク質はプロテアソームという分解酵素によって分解されるというものだ。

誰が目印を付けるのか?

目印を付ける役割は、それこそ、組織ごと、細胞ごと、システムごとに違っている。
その為、共通した分解系を利用していることに気づかなかったとも言えるのだろう。

その役割を担う分子は、知られている場合と、まだ知られていない場合とがあり、例えば、p53により発現が増強する遺伝子である MDM2 は、ユビキチン-プロテアソーム経路のE3リガーゼとして p53の急速な分解を促進する、みたいに、フィードバックシステムの中で活躍する場合もあれば、アルツハイマー病、ハンチントン舞踏病、筋萎縮性側索硬化症など様々な神経変性疾患における未分解なタンパク質が蓄積することで発病するという、生理的なタンパク分解場面で活躍する分子もある。


要するに、タンパク質を分解するシステムがあるから、『そうと決まったら、プロテアソーム系に仕事を任せれば良い!』といった感じか!

または、廃棄物処理を廃棄物処理業者に任せる現代社会のシステムそのものといったらイメージしやすいだろうか。

コンピュータネットワークに詳しい方は、OSI参照モデルにおける例の7層から成り立っているシステムをイメージすると良い。例えば“第5層 セション層”での決め事の変更は、下位の“第4層 トランスポート層”の仕様に影響を与えない・・・と言う考え方である。

“第7層 アプリケーション層”で“タンパク質を分解する”とされたリクエストは、“第1層 物理層”で、実際、どの酵素で使って分解するかまでは規定しない。どの酵素を使用するのかということは、あくまで“第1層 物理層”で決める事である。

このようなシステムの優れている所は、『各層(レイヤ)では機能別にバラバラで考えればいい』ということで、『途中の層(レイヤ)の機能に変更があっても、その層(レイヤ)以外に影響が及ばない』ということだ。

人間に当てはめて考えてみると、人間は生物だ。単細胞生物から進化してきた。
進化の途中で、多細胞になり、色々な細胞に分化して、より機能的な生化学反応を遂行できるように臓器などというまとまりをもった細胞集団が出来上がる訳だけど、単細胞の頃から“タンパク質の分解”ってのはやっていたワケだ。

進化に伴って、全てのシステムを構築し直すよりも、出来上がったシステムを利用する方が、はるかに合理的だ。

最終的に分解されるまでの、ルールの変更やシステムが複雑になったとしても、『タンパク質がユビキチン化されれば、分解』という単純な取り決めを守っていれば、全体としてのシステムには破綻が無いと言う訳である。


多分、コンピュータネットワークを開発した科学者達は、生命にこんなに似たシステムが存在する事など、知るよしも無いのだろうが、合理的に物事を考えると言う事は、遺伝子に刷り込まれている気がしてならない。

ヒトは、こんなに、合理的で無駄の無いシステムを作り上げられる一方で、非常に無駄の多いシステムを構築している事も事実だ。どこの誰とは言わないけれど。

実は生命にも、非常に冗長な部分・システムが存在している。その冗長さが全体としての安定をもたらしているもの、また、事実だから、非合理的な無駄を多く含んだシステムを構築してしまうのも、遺伝子に刷り込まれているのかもしれない。


・・・なんか、話が、抽象的になってきてしまったが、タイトルの『ユビキチンによる精子の品質管理』、これはまだ紹介していなかったから、ノーベル賞の話題のついでに、記しておこう。

■男性不妊症の解明と男性避妊薬の開発

細胞を監視する役割を果たす有名なタンパク質が、欠陥のある精子に目印をつけて、破壊されるようにしむけることが、このほど発表された研究において示唆された。

このタンパク質とはユビキチンのことである。

ユビキチンは、通常、細胞内をパトロールし、欠陥のある細胞内物質を生物的のゴミ溜めに送る。今回主張されているプロセスは、精子の品質管理にとって重要なことと思われることから、男性不妊症の解明が進み、男性避妊薬の開発にも役立つかもしれない。


ユビキチンは、'ubiquitous'(広範に分布する)に由来する名前が示すように、全身に分布しているが、細胞内でのみ作用すると考えられてきた。ところが米国ビーバートンにあるオレゴン保健科学大学の細胞生物学者Peter Sutovskyらは、ユビキチンが細胞外でも巡回しているという見方を示している。

精巣近くに位置し、射精前の精子を保存する組織である精巣上体において、奇形のある精子が成熟すると、ユビキチンで標識されることをSutovskyの研究チームが発見した。

標識の付いた精子は、その後、精巣上体細胞によって包み込まれ、破壊される。

「もしSutovskyらの主張が正しければ、ユビキチンにとって全く新しい世界が広がることになる。」こう語るのは、1980年代にユビキチンにつき数々の先駆的研究を行なった英国ノッティンガム大学のJohn Mayerである。「私は、この観察結果には極めて説得力があると思うが、このプロセスの原因メカニズムは解明されていない」と彼は言う。
精子の品質管理は、ヒトの体内で実際には少数派となっている健康な精子が妨害を受けずに卵子に到達する上で役立っていると考えられている。
「[いったん射精された]精子は、基本的に密集状態に置かれる」とSutovskyは言う。そうなるとブラブラ過ごしている欠陥精子が、健康な精子を邪魔するかもしれないのである。
Sutovskyらは、雄牛、水牛、ガウル(雌牛の近親種で絶滅の危機に瀕している)、マカクザルやヒトから採取した欠陥精子にユビキチンを発見した。

また光学顕微鏡では正常に見えたユビキチン標識の付いた精子の中には、電子顕微鏡で異常が判明するものもあった。「ユビキチンは、何らかの形で内在的な欠陥を認識している」とSutovskyは言う。ユビキチンが欠陥精子の普遍的な標識であるように見えるため、Sutovskyは、この標識によって欠陥精子を全て特定し、解析すれば、男性不妊症の研究者の役に立てるのではないかと考えている。ただ男性不妊症の治療という点では、ユビキチン標識はさほど役に立たないかもしれない。

「当センターの患者の場合、欠陥精子の標識が役に立つのは、患者全体の約1%に過ぎない」とロンドン不妊治療センターのSonya Jerkovicは言う。不妊症の男性の大多数は、精子数の減少あるいは運動性精子が極端に少ないことに苦しんでいると彼女は説明する。さらにユビキチンは、男性向け可逆的避妊薬の有力な候補となりうるかもしれない。正常な精子にはユビキチンが含まれている。もし薬物によって全ての精子をだまして、一時的にユビキチンを発現できたなら、精巣上体から精子は射精されなくなるだろう。

「この点については、かなりの研究を積み重ねなければならないが、そのような可能性は存在している」とSutovskyは言う。

2004年10月30日

遺伝子組換

遺伝子組換食品・・・、よく聞く言葉だ。そして、健康ヲタクのおじちゃん、おばちゃんに最も嫌われている言葉かもしれ無い。

で、この手合いは、直接、遺伝子組換は嫌いだけど、間接的に遺伝子が組み換わってしまう生物を生み出す“抗生物質”は大好きだ。鼻水を垂らすと『自分にはコレ(抗生物質)が効く』と宣う。

話は変わるが、Q&Aコーナー No:418 『ヘリコバクターピロリ菌と胃がん』には、興味深い話の続きがある。

その前に、最近、よく感じる事だが、人間、良く分からない事、聞きなれない事には、神秘的な力があると考えるようだ。しかし、そのものの本質が理解できてなくても“聞きなれて”しまえば、神通力も無くなる。

良い例が CoQ10 とビタミンB1 だ。

CoQ10 が体の中の細胞の中のミトコンドリアの中で、NADPH , FADH とともに電子伝達系で補酵素として・・・などと話し始めると、さっぱりわからないと言う。
しかし、ビタミンB1 がピルビン酸を解糖系からTCA回路にぶち込む為の補酵素として働くと説明しても、同様にさっぱりわからないらしい。

でも、大きな違いは、ビタミンB1は“聞きなれた言葉”で CoQ10 は“聞きなれない言葉”なのだ。すでにビタミンB1 に御利益はない。
聞きれている言葉は、本人が全く理解していなくても“本質まで解ってしまった”気でいる事が多い。逆に、聞きなれない言葉に対しては、本質を理解できていなければ、“神秘的な力”を感じるようだ。

CoQ10 に、老化防止、若返りの効果などあるはずも無いのに“聞きなれない言葉”の為に“神秘的な力”があると信じているのだろう。せっせ、せっせと消費している(らしい。というのも、取引先の卸から、長期欠品扱いになっていると聞いた。)。まっ、莫迦な消費者から詐取するというのは、今に始まった事ではないし、CoQ10 を飲まされつづけても“毒にも薬にもならない”から“社会悪”ではないのだが、“遺伝子組換”は嫌いなのに“間接的遺伝子組換え物質”が好きで消費するのは“社会悪”だと思う。

一旦、当の本人が理解出来ていなくても“本質まで解ってしまった”と勘違いしているモノっていうのは、後から、その“真実の姿”を見せてあげて、教えてあげても、一向に思い込みを改められるものでは無い。(新興宗教の洗脳を解くように難しい)

本当は抗生物質が効く疾患ではないのに“神秘的な力”を信じている信者は、いくら医者が『必要ない』と言っても、欲しがる。
このこの薬物(抗生物質)乱用?が“遺伝子が組み換わり、人知を超えた生物(微生物)を生み出している”ことなどは、全く考えていない。

この微生物の遺伝子組換は、ヒトの安全など(当たり前だが)全く考えてくれていないが、遺伝子工学に基づく遺伝子組換は、絶対とは言えないが、ヒトが知恵を絞って安全な改変を行っているというのに。

そして、この“知ったかぶり”パワーは逆に、自分の理解できないものを“神秘的な力”と考えずに“忌み嫌う”場合もある。
良い例が“遺伝子組換”だ。


余談が長くなった。
『ヘリコバクターピロリ菌と胃がん』の続きの話だが、実は、ピロリ菌の細胞壁の合成阻害を示す物質を、胃粘膜細胞は作っている。ムチン層深部の粘膜細胞では、O-グリカンと呼ばれる特定の糖蛋白質が生成される。それがコレだ!!

進化医学の考え方で見てみれば、別に驚く事ではないのだが、つくづく自然はうまく出来ているなぁと感激する瞬間でもある。

H. pylori細胞を溶解し、質量分析による生化学分析で細胞壁の成分を調べたところ、増殖に不可欠となるコレステリル-α-D-グルコピラノシドというH. pyloriに特有のコレステロールを見出した。さらに実験を進めた結果中、α1,4と結合したN-アセチルグルコサミンに覆われたO-グリカンがH. pyloriのコレステロール合成能を阻害することが確認された。

で、これが、遺伝子組換と何が関係あるかと言うと、この研究を Science に発表した研究者が以下のようなコメントをしている。

『今回発見された天然のコレステロールは、胃潰瘍の安全な治療薬デザインのためのきわめて具体的な標的となり、長期的にはH. pyloriによる胃癌予防にもつながるだろう。遺伝子組み換え大豆を飼料として牛を育て、α1,4と結合したN-アセチルグルコサミンに覆われたO-グリカンを含有する牛乳を生産することが可能であり、発展途上国の患者に対して安価な治療法を提供できる。牛乳の生産にトランスジェニック牛や遺伝子組み換え作物を使用することができれば、H. pyloriの感染を撲滅し胃癌を予防できるだろう』と。


遺伝子組換で作られている医薬品は、実は、既に臨床使用されているのだが、彼の手合いらは、自分の知らない分野の事なので、『反対』の狼煙を上げる事も無いのだが、こと、食品となると“知ってるつもり”の虫が頭をもたげる。

正義の味方(莫迦な消費者)のナンセンスな行動によって、この優れた遺伝子組換食品が“日の目を見る事が無い”などとならないようにしなければならない。


p.s.
『議会制民主主義の世の中では、国民のレベル以上の政府は作れない』とは良く言った物で、『国民のレベル以上の医療も提供できない』というのも実感する。
すべからく、教育が重要なのだと実感する。義務教育の国庫負担を減らす案を反対している人達がいるが、金太郎飴製造機関のような現在の学校を存続させても、日本に未来は無い。教育にお金がかかるのは当然だが、お金をかければOKと言うものでは無い。

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