マーガリンは危ないと聞いたからバターに代えた
タイトルは、わかる人には笑える話だけど、意味がわからず大真面目な人の方が多いのも現実。
どんなに適切で適宜な情報も、猫に小判な状態なのが、現代社会。情報量は多いのに、玉が石に紛れて見えてこないのは、悪貨は良貨を駆逐する現象なのか?
川の流れはダムを作れば止められるけど、穴が開いてちゃ止められない。川のダムに穴が開いてりゃずくわかるけど、現実社会の穴は何処に開いてるのかわかりゃしない。
ローマにカエサルやキケロが登場する100年ほど前、そう、現代はグラックス兄弟の時代に似ているって感じる。歴史好きな人には『内乱の一世紀』の始まりの時だ。
グラックス兄が始めた庶民へのバラマキ政策は、どのような答えを出したのだろう?これが元で撲殺された兄に代わって、弟が活躍するまで約10年。さらに過激になった政策の果ては??
現代では、撲殺される前にさっさと辞めちゃう大臣や責任の所在を不明瞭にする為に最大限の努力を惜しまない人達が、政治を行っているので、歴史は参考にならない。。。
無知な大衆とは政治上の目的で為される事でも、私利私欲に駆られての事であると思い込むのが好きな人種である。
そして、現代にも大量に無知は存在する。。。。
Nature Neuroscience, 2009年12月21日 に掲載された“ヒトの不平等感を感じる脳”に関する論文は、それまで、不平等感の個人差を前頭前野に求めていたのを否定するものだった。
扁桃体の社会化 -- Socializing the amygdala不平等感に関連して現れる性格の違いは、情動の自動処理に重要な脳領域である扁桃体の活動を変化させる。Nature Neuroscience(電子版)に発表される研究は、そうした性格の違いは前頭前野の違いが原因であると示唆した以前の見解を否定している。
人が他人と富を分け合うのを好む度合いは、確固とした性格特性である。向社会的な人は、概して他人に利益を与えるように働き、自分の富を最大にしたいと思いながら他人も同じ富をもつことを望む。しかし個人主義者は、自分の富を最大にしたいと思う一方、他人が入手できる富の量には無頓着である。
人がこの種の決断に至る方法に関しては議論が続いているが、自動性の「ボトムアップ」反応は自分の報酬しか考慮せず、この利己的な衝動を抑えるためには「トップダウン」型の制御(前頭前野で働くと考えられている)が必要であるという1つの説がある。
春野雅彦(玉川大学)とC Frithは、向社会的な人と個人主義の人について、2つの報酬(自分と相手に1つずつ)に対する欲求に脳がどう応答するかを観察し、分配課題を行うときの「トップダウン」処理と「ボトムアップ」処理という考えを検討した。向社会的な人は不公平なシナリオを好まず、それ相応に応答した一方、個人主義者の選択は物事の公平性には左右されなかった。研究チームは、この2群の人々で扁桃体の活動が異なることに気づいた。向社会的な人では、報酬の不平等性の増加と扁桃体の活動の増大が相関していた。この結果から、不平等性に対する嫌悪という向社会性の特徴は扁桃体の活動と結びついたもので、利己的な衝動に対する「トップダウン」制御によって決まるのではないと結論している。
キャンディーを貰った時『あいつの方が一個多い』と言って、不満をぶちまける子供と、無頓着な子供がいることを、大人たちは知っていた。
この性格の違いが、キャンディーを貰った時にだけ、機能するなら“可愛い話”で終わる。だけど、、、、、
ローマの時代にも、世を二分する問題に発展していくのは、まさに、2100年の前も現代も、ヒトはちっとも変わっていないって事の証明だ。そして、その性格の違いは、生存競争に与える影響は小さいみたいだ。現代でも、同じくらいの比率で存在しているみたいだからね。
日本経済新聞に、「日本国民の総預金は、2020年に全て国債に食いつぶされる」とあった。
今の国家予算編成では、あと10年で、日本は倒産するって話だ。それまでに収入に見合った支出にしなければならない。
ローマの時代には、支出を制限するより、収入を増やすほうが簡単だった。何故なら、戦って属州となった国から、たっぷりと搾り取ればよかったのだから。
でも、面白いのは、属州統治の全権限を持っていた元老院が、その権限を政治家(グラックスの場合は護民官)に取り上げられるのを恐れて、これに反対する事だ。
国家の一大事なのに、自分たちの権力保持にプライオリティを置く、、、、、愚かに見えて、、、、、結果は???
現代なら、侵略戦争は“悪業”だから、話は簡単だ。支出を押さえる以外に選択肢は無い。でも、、、、、面白いのは、自分たちの領域だけは“聖域”“不可侵”だから、、、、って、ローマの元老院のような横槍を入れる輩がいる。
どちらにしても、「武器を持たない予言者(カッサンドラ)は失敗を避けられない(by マキャベリ)」事だけは、今も、かわりがない。現代では、武力以外(まっ、お金ってことなのかもしれない。武力よりエゲツナイって思うんだけど、どうかな?)になるんだろうけど。でも、グラックス兄が命を懸けた農地法の改革の目的はローマの軍事力増強だったんだけどね~。
余談だが、カッサンドラはトロイの王女で、アポロンから未来を正確に見通す力を授けられるが、同時に、誰にも信じてもらえない宿命を背負わされる。アポロンの女にならなかったから、アポロンが怒って・・って経緯なんだけど、このマキャベリの言葉は、ちょっと違うって思う。カッサンドラなら、最初から、誰にも相手にされないんだから。
さてさて、この結末は、神のみぞ知る・・・・・かも知れないが、どちらにしても、日本人の半分は、自分たちの主義主張が間違っていた事に吠え面をかき、日本人全員が“トランブゲームのババ”を引くことになるんだろう。
面白い10年の幕開けである。(あと5年経って、まだ、のらりくらの日本なら、海外脱出を本気で考え始めるとするかっ!!)
※『マーガリンは危ないと聞いたからバターに代えた』のおかしさを解説するのも無粋だが、織田信長の“短気なところ”と鳩山由紀夫の“奥さん”を比べで、100メートル走るのに、どっちが有利か?を図るようなものとでも言えば、ナンセンスさをわかって頂けるかな?