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クリゾチニブのS体にこんな作用があったとは!

久しぶりに、ちょっとだけ興奮しました。

クリゾチニブのS体にこんな作用があったとは!って。

というより、作用点が違うから、S体は別の薬のハズなのに、結局、同じような病気に使える薬だった・・・・ってゆー、小説ってゆーか、笑い話のような話。

クリゾチニブといえば「ALK融合遺伝子陽性の切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌」というレアな病気にしか使えない薬だ。

ここで、おさらい。

ALK融合遺伝子、正式?には“EML4-ALK融合遺伝子”と呼ばれ、染色体転座によって“生成”される、本来はあり得ない遺伝子。

増殖因子受容体である ALK と 微小管会合たんぱく質の EML4 が融合することにより、リガンド無しでチロシンキナーゼ活性をもつ増殖因子受容体として機能してしまうことにより、細胞が増殖し続ける原動力を担うものだ。クリゾチニブはこの活性を抑制する。

全肺がん患者の5%程にしかみられないため、レアと表現したが、若年肺腺がんの約3割を占め、非喫煙者に多いという特徴がある。

ターゲットが明確な為、フィラデルフィア染色体を持つ白血病のように薬物治療が奏功しやすいと考えられている。このような、本来、正常な細胞には存在しないターゲットに働く薬を(狭義の)“分子標的薬”と呼ぶ。

ターゲットがはっきりとしている事と、“分子標的薬”という名前のイメージから、他のターゲットがあるようには思えない“思い込み”が今回の根底にある。

立体異性体は、分子式は同じでも3次元構造は違うのだから、ターゲットとなる蛋白質への親和性が違うのは直感的には分かるし、もしくは、全く結合できない場合がある事も理解はでき、全く別のターゲットに結合する場合もあるのもわかる。

そして、別のターゲットに結合する場合は、いわゆる“薬効”は想定できない。

そんなこんなで、全く別のターゲットに結合しているにもかかわらず、同じ“抗がん剤”として使えそうというのには、、、、いささか、ビックリしてしまったわけだ。

医薬品業界では、光学異性体をより分け、より“効く”医薬品として販売する例が、過去にもあった。「タリビッド」から「クラビット」なんかがその嚆矢だ。この場合は、光学異性体でも働きは同じだったが、全く関係ないところに作用してるにもかかわらず、結果的に同じ“抗がん作用”。。。

そう、可能性としては考えられるけど、実際、見たこと無いUFOとか宇宙人とかと一緒なわけだね。


さて、S体のそのターゲットだけど、、、、「MTH1」っていう、損傷した塩基(酸化されたヌクレオチドを分解することで)のDNAへの取り込み防止に関わっているタンパク質らしい。

まずは、こちらを。

がん: MTH1はRasに関連するがん治療標的である

Nature 508, 7495

2014年4月10日


がん遺伝子Rasに生じた変異は予後不良と関連する。

MTH1は、損傷した塩基のDNAへの取り込み防止に関わっているタンパク質で、その過剰発現はRasが誘導する老化を阻害することが知られていた。

T Helledayたちは、損傷したデオキシヌクレオチド(dNTP)ががんを促進する仕組みを解明する研究を行い、MTH1の活性が形質転換細胞の生存に必須であることを明らかにし、MTH1の低分子阻害剤としてTH287とTH588の2つを見つけた。

これらの加水分解酵素阻害剤の存在下では、がん細胞だけがそのDNAへ損傷ヌクレオチドを取り込み、その結果として細胞毒性が生じてマウスの異種移植がんモデルで有益な応答が誘導された。

一方、G Superti-Furgaたちは、Ras依存性がんで使用するために開発された低分子薬SCH51344の標的を探索し、この分子がMTH1を不活性化することを見いだした。

この結果からさらに、MTH1の新しい強力な抑制剤で鏡像異性体選択的に働く(S)-クリゾチニブが見つけられた。

大腸がんの動物モデルでは、この薬剤が存在すると腫瘍増殖が抑制される。


Article p.215
doi: 10.1038/nature13181
Article p.222
doi: 10.1038/nature13194


T Helledayたちは、MTH1 を最初からターゲットにした TH287 と TH588 を開発し、G Superti-Furgaたちは、機序が不明ながら、抗がん作用のある SCH51344 と名付けられた化合物のターゲット探しから MTH1 にたどり着き、その結果から、 s−クリゾティニブに辿りついたということだ。


実は、恥ずかしながら、私、この「MTH1」は今まで知らなかった。

多分、まだまだ、私には知らないことの方が多い。しかし、だからこそ、この分野は面白いんだと思う。

というわけで、「MTH1」を調べてみた。

「MTH1」の研究では、九州大学の中別府雄作氏が有名らしい。「MTH1」で検索すると、最初にヒットするのが、氏らの「蛋白質 核酸 酵素」に掲載された総説だ。

http://lifesciencedb.jp/dbsearch/Literature/get_pne_cgpdf.php?year=2005&number=5008&file=DsiW8Mrs7Mq2IoztxV/Efg==

簡単に言うと、MTH1の機能は、核酸の酸化された状態を改善する役割をになってる。

がん細胞はその環境からさまざまなストレスにさらされており、酸化された核酸を遺伝子に取り込むと、細胞は死ぬ。これを防ぐ一つのメカニズムとしてがんではMTH1分子の発現を上昇させて、生存を維持している。

だから、その機構を抑制してやれば、、、がん治療の補助薬として使えそうだと、2005年の段階で指摘している。

この総説で気になるのは、脳腫瘍で上の事を考察しているのだが、正常な脳組織では、MTH1 は発現しておらず、パーキンソン病で高発現しているという下りだ。

中別府氏は、パーキンソン病のドーパミン神経細胞では酸化ストレスが更新していることが知られ、種々のヌクレオチドや DNA の酸化による有害な影響を排除する目的で発現が誘導されてるのでは、と書かれている。


本当だとすると、MTH1 を抑制する薬は、パーキンソン病患者には使えないということだし、MTH1 を高発現することで恒常性を維持している組織では、副作用として出てしまうかもしれない。

が、、、どちらにしても、MTH1 を過剰に抑制すると、OGG1(DNA に蓄積した酸化ストレスを取り除く別の酵素)とダブルノックアウトした細胞に見られたように、細胞へのダメージが強すぎて死んでしまいそうなので、病気としての“がん”だけにはならないようだけど。。。

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2014年04月11日 15:32に投稿されたエントリーのページです。

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